特特大

第 14 地点 / 全 14 地点

下関(ゴール)

・ 山口県 ・ 幕末(江戸時代後期)

見どころ

ついに本州上陸!脱藩成功です!

この地について

関門海峡をのぞむ下関は、本州の西のはしに位置する、長州藩ゆかりの港町です。海をいくつも越え、四国の山と海を踏み越えてきた長い旅も、ここで結びを迎えます。脱藩という大きな決断を経て、龍馬はやがて勝海舟との出会いや、薩長同盟の仲立ち、海援隊の結成など、時代を大きく動かす働きへと進んでいきます。すべての始まりとなった一歩を、こうしてたどり終えました。長い道のり、本当にお疲れさまでした。下関には、勤王商人として知られる白石正一郎(しらいししょういちろう)の屋敷がありました。白石は坂本龍馬など、藩の内外の多くの志士を支援した人物で、のちにここで高杉晋作を初代総督とする奇兵隊が結成されました。屋敷の跡は現在、中国電力下関営業所の敷地内にあり、「白石正一郎宅跡」「高杉晋作 奇兵隊結成の地」の碑が建っています。屋敷の浜門(はまもん)の一部は、長府に移されて保存されています。龍馬は長浜を28日に船で出て、2日を要して三田尻(山口県)に着いたとされています。

このコースについて:坂本龍馬 脱藩の道

土佐から長州へ、龍馬が駆け抜けた 250km(幕末(江戸時代後期))

幕末の風雲児・坂本龍馬が、生まれ故郷の土佐を飛び出した「脱藩の道」をたどる旅です。文久2年(1862年)、龍馬は藩の許しを得ぬまま、同志とともにひそかに高知の城下を抜け出したと伝えられています。当時、脱藩は家族にまで累の及ぶ重い罪でしたが、龍馬は新しい時代を切りひらく道を求めて旅立ちました。高知の城下を発ち、佐川や梼原(ゆすはら)といった土佐の山里を抜け、国境の峠を越えて伊予国(今の愛媛県)へ。大洲を経て長浜へ出て、そこから海路で長州(周防・三田尻)へ渡る、およそ250キロメートルの道のりです。旅の結びの地・下関は、龍馬ら志士たちを支えた白石正一郎(しらいししょういちろう)の邸があった港町です。激動の時代に身を投じた若者の足跡を、十四の地点とともにたどってみましょう。

のろし回廊は、思い出クイズに正解しながら名所や街道を少しずつ進んでいく、ご自宅から楽しめる旅です。 地点ごとの見どころや歴史に触れながら、前後の地点へのリンクで順番にたどることも、気になる地点だけを読むこともできます。

コーススタートからの距離:250 km

緯度経度:33.9579, 130.9410