ホームに戻るクイズカテゴリ一覧このアプリについて
昭和回想1864 / 4221 問目
昭和30年代から40年代にかけて、日本の家庭に普及し始め、特に家事の負担を大きく軽減したことで、「三種の神器」の一つにも数えられた家電製品は何だったでしょうか?
昭和30年代から40年代にかけて、日本の家庭に普及し始め、特に家事の負担を大きく軽減したことで、「三種の神器」の一つにも数えられた家電製品は何だったでしょうか?
ご家族・お友達に教える
関連トピック
- # 昭和
- # 三種の神器
- # 家電
- # 洗濯機
- # 暮らし
「昭和回想」の関連クイズ
もっと見る →- 昭和30年代、ご家庭に普及し始めたばかりの頃、冷蔵庫には、今ではほとんど見かけない「あるもの」が設置されていることがありました。それは何でしょうか?
- 昭和の子どもたちが、公園や空き地でよく遊んだ、地面に描いたマス目を片足跳び(ケンケンパ)で進んでいく遊びは何でしょうか?
- 昭和の小学校の給食で、多くの児童が楽しみにしていた、揚げパンにきな粉がまぶされた甘いパンは何と呼ばれていたでしょう?
- 昭和の子どもたちが日が暮れるまで熱中した遊びは数多くありましたね。「缶けり」や「鬼ごっこ」もその一つですが、仲間と力を合わせ、自分たちの陣地や目標物を守りながら相手の陣地を奪い合う、戦略的な集団遊びは何と呼ばれたでしょうか?
- 昭和の時代、街中や地方でよく見かけたバスの中には、エンジンの部分が車体の前方に突き出た、特徴的な形をしたものがありました。このバスを、その見た目から何と呼んだでしょうか?
- 昭和45年(1970年)に大阪で開催され、日本中が熱狂した国際的な大イベント『日本万国博覧会(大阪万博)』。このテーマ館のシンボルとして、芸術家・岡本太郎氏が制作した、今も残る巨大な塔の名前は何でしょうか?
- 昭和30年代に「三種の神器」と呼ばれた電化製品は、人々の暮らしを大きく変えました。次のうち、その代表格として当時広く普及したものの組み合わせとして、正しいものはどれでしょう?
- 昭和20年代後半から30年代前半、テレビがまだ非常に高価で一般家庭になかった頃、駅前や広場、公園などに設置され、力道山のプロレス中継やプロ野球観戦のために大群衆が押し寄せたテレビ装置を何と呼んだでしょうか?
「昭和回想」のクイズを 本格的に 挑戦してみませんか? 1 セット 10 問・約 5 分のチャレンジで、47 都道府県の御朱印も集められます。