ホームに戻るクイズカテゴリ一覧このアプリについて
昭和回想2219 / 4221 問目
昭和の時代、子供たちが校庭や公園、路地で夢中になって遊んだ外遊びの一つに、地面に描いたマス目を片足跳びで進んでいくものがありました。さて、その遊びの名前は何だったでしょうか?
昭和の時代、子供たちが校庭や公園、路地で夢中になって遊んだ外遊びの一つに、地面に描いたマス目を片足跳びで進んでいくものがありました。さて、その遊びの名前は何だったでしょうか?
ご家族・お友達に教える
関連トピック
- # 昭和の子供時代
- # 遊び
- # 石蹴り
- # ケンケンパ
- # 外遊び
「昭和回想」の関連クイズ
もっと見る →- 昭和の時代、町中に響き渡る独特の拍子木の音とともにやってきて、絵を見せながらお話を聞かせてくれた、子供たちの楽しみだった移動式のエンターテイメントは何と呼ばれていたでしょうか?
- 昭和45年(1970年)に大阪で開催され、日本中が熱狂した「太陽の塔」がシンボルだった国際博覧会の名称は何だったでしょうか?
- 昭和の子どもたちが、屋外で遊ぶ際に地面に絵を描いたり、印をつけたりするのに使った道具といえば、次のうちどれでしたでしょうか?
- 昭和の小学校で、給食の時間によく使われた、温かいミルクやスープを入れるための、銀色の取っ手がついた容器は何と呼んでいたでしょうか?
- 携帯電話がまだなかった昭和の時代、急な連絡を取りたいときに大変お世話になったのが「公衆電話」でした。電話ボックスや街角に設置され、人々の生活に欠かせない存在でしたが、昭和の公衆電話で最もよく見かけられた本体の色は何だったでしょうか?
- 昭和の子供たちがよく遊んだ玩具で、手でひねって空高く飛ばす、竹でできた小さな飛行機のようなものは何と呼ばれたでしょうか?
- 昭和の時代、炊飯器が普及する前によく使われた、お米を炊くための道具は何でしょう?
- 山口百恵が1977年に発売し、コスモスの花と親子の情愛を描いたさだまさし作詞・作曲の名曲は何でしょう?
「昭和回想」のクイズを 本格的に 挑戦してみませんか? 1 セット 10 問・約 5 分のチャレンジで、47 都道府県の御朱印も集められます。