ホームに戻るクイズカテゴリ一覧このアプリについて
昭和回想2445 / 3772 問目
昭和の時代、電話は家庭に普及するまで時間がかかりました。急な連絡を取りたい時や、遠く離れた実家に電話をかける際、町中で利用した公共の電話施設を何と呼んでいたでしょうか?
昭和の時代、電話は家庭に普及するまで時間がかかりました。急な連絡を取りたい時や、遠く離れた実家に電話をかける際、町中で利用した公共の電話施設を何と呼んでいたでしょうか?
ご家族・お友達に教える
関連トピック
- # 電話ボックス
- # 公衆電話
- # 昭和
- # 通信
- # 生活習慣
- # 連絡手段
- # 町並み
「昭和回想」の関連クイズ
もっと見る →- 昭和の家庭料理で、栄養満点のおかずとして親しまれた「ひじきの煮物」。ひじきをより美味しく、ふっくらと仕上げるための、昔ながらのちょっとした「ひと手間」は何だったでしょうか?
- 昭和の家庭の食卓に欠かせない、大豆を発酵させて作る調味料であり、お味噌汁の主役でもあったものは何でしょうか?地域によって味や色が様々でしたね。
- 昭和の子どもたちが、地面に絵を描いたり、ケンケンパなどの線引き遊びをしたりする時に使った、路上や運動場によく落ちていた白いものは何でしょう?手軽な道具で、自由な発想を膨らませて遊んだ思い出がある方もいらっしゃるでしょう。
- 昭和30年代、多くの家庭で普及し始め、手作業だった洗濯の手間を大きく減らしてくれた家電製品は何でしょうか?
- 昭和の時代に子どもたちが路地裏や公園でよく遊んだ、地面に描いたマス目をケンケンパで片足跳びで進んでいく遊びは何だったでしょうか?
- 高度経済成長期、多くの家庭が憧れた新しい生活の象徴として、いわゆる「団地」が全国に建設されました。団地には、家の中に水洗トイレやお風呂が備え付けられており、それまでの長屋や一軒家とは異なるモダンな暮らしが待っていました。このような団地での生活において、特に子どもたちが広々とした場所で遊ぶ姿がよく見られた場所といえば、何でしょうか?
- 1964年(昭和39年)の東京オリンピックで、男子体操個人総合の金メダルを獲得し「体操ニッポン」の礎を築いた選手は誰でしょう?
- 昭和の時代、子供たちが地面に石やチョークで図を描き、石を蹴りながらマス目を順番に進んでいく、活発な屋外遊びは何と呼ばれていたでしょうか?
「昭和回想」のクイズを 本格的に 挑戦してみませんか? 1 セット 10 問・約 5 分のチャレンジで、47 都道府県の御朱印も集められます。