特特大

第 8 地点 / 全 14 地点

長浜

・ 愛媛県 ・ 幕末(江戸時代後期)

見どころ

ついに海が見えました!

この地について

肱川が瀬戸内の海へとそそぐ、河口の港町・長浜にたどり着きました。言い伝えによれば、龍馬はこの長浜から船に乗り、海路をたどって長州――今の山口県をめざしたとされています。四国山地を越えてきた陸の旅は、ここから海の旅へとその姿を変えるのです。潮風と波の音に包まれながら、龍馬は見ぬ土地への期待に胸をふくらませたのかもしれません。河口に架かる赤い長浜大橋を眺めつつ、私たちも海をめざしましょう。龍馬は文久2年(1862年)3月27日、長浜村の冨屋金兵衛(とみやきんべえ)方に泊まり、「四国最後の夜」を過ごしたと伝えられています。冨屋金兵衛は紺屋(こうや=染物屋)を営む商人で、勤王の志士を援助していました。龍馬は翌28日に長浜の港を出て、海を渡って長州へ向かいました。長浜には、龍馬が肱川を下って着港し上陸したとされる「江湖(ごうこ)の港」や冨屋金兵衛邸跡が伝わり、長浜大橋は町のシンボルとされています。

このコースについて:坂本龍馬 脱藩の道

土佐から長州へ、龍馬が駆け抜けた 250km(幕末(江戸時代後期))

幕末の風雲児・坂本龍馬が、生まれ故郷の土佐を飛び出した「脱藩の道」をたどる旅です。文久2年(1862年)、龍馬は藩の許しを得ぬまま、同志とともにひそかに高知の城下を抜け出したと伝えられています。当時、脱藩は家族にまで累の及ぶ重い罪でしたが、龍馬は新しい時代を切りひらく道を求めて旅立ちました。高知の城下を発ち、佐川や梼原(ゆすはら)といった土佐の山里を抜け、国境の峠を越えて伊予国(今の愛媛県)へ。大洲を経て長浜へ出て、そこから海路で長州(周防・三田尻)へ渡る、およそ250キロメートルの道のりです。旅の結びの地・下関は、龍馬ら志士たちを支えた白石正一郎(しらいししょういちろう)の邸があった港町です。激動の時代に身を投じた若者の足跡を、十四の地点とともにたどってみましょう。

のろし回廊は、思い出クイズに正解しながら名所や街道を少しずつ進んでいく、ご自宅から楽しめる旅です。 地点ごとの見どころや歴史に触れながら、前後の地点へのリンクで順番にたどることも、気になる地点だけを読むこともできます。

コーススタートからの距離:120 km

緯度経度:33.6066, 132.5037