特特大

第 7 地点 / 全 14 地点

大洲

・ 愛媛県 ・ 幕末(江戸時代後期)

見どころ

伊予国(愛媛県)大洲を通過。

この地について

国境の峠を越え、龍馬はついに伊予国――今の愛媛県へと足を踏み入れました。大洲は、清流・肱川(ひじかわ)のほとりにひらけた城下町で、川面に影を落とす大洲城のたたずまいで知られています。長く険しい山越えを終え、土佐藩の追っ手の気配もようやく薄らいだこのあたりで、龍馬はわずかに人心地ついたことでしょう。とはいえ、旅はまだ半ば。海をめざす道のりが、この先にひかえています。大洲市の河辺(かわべ)地区には、龍馬が脱藩の旅を始めた日を記念して建てられた「坂本龍馬脱藩之日記念館」(河辺町三嶋)があります。文久2年(1862年)3月26日を旅の第一歩とした施設で、脱藩したとされる日の様子や龍馬にまつわる資料を展示し、2階では龍馬が通ったとされる河辺地区の峠や渓谷を写真や映像で紹介しています。近代日本の誕生に命を懸けた龍馬の第一歩を記念する、という趣旨の施設です。河辺地区には、龍馬が通ったとされる水ヶ峠(みずがとうげ)の名が伝わっています。

このコースについて:坂本龍馬 脱藩の道

土佐から長州へ、龍馬が駆け抜けた 250km(幕末(江戸時代後期))

幕末の風雲児・坂本龍馬が、生まれ故郷の土佐を飛び出した「脱藩の道」をたどる旅です。文久2年(1862年)、龍馬は藩の許しを得ぬまま、同志とともにひそかに高知の城下を抜け出したと伝えられています。当時、脱藩は家族にまで累の及ぶ重い罪でしたが、龍馬は新しい時代を切りひらく道を求めて旅立ちました。高知の城下を発ち、佐川や梼原(ゆすはら)といった土佐の山里を抜け、国境の峠を越えて伊予国(今の愛媛県)へ。大洲を経て長浜へ出て、そこから海路で長州(周防・三田尻)へ渡る、およそ250キロメートルの道のりです。旅の結びの地・下関は、龍馬ら志士たちを支えた白石正一郎(しらいししょういちろう)の邸があった港町です。激動の時代に身を投じた若者の足跡を、十四の地点とともにたどってみましょう。

のろし回廊は、思い出クイズに正解しながら名所や街道を少しずつ進んでいく、ご自宅から楽しめる旅です。 地点ごとの見どころや歴史に触れながら、前後の地点へのリンクで順番にたどることも、気になる地点だけを読むこともできます。

コーススタートからの距離:100 km

緯度経度:33.5048, 132.5466