ホームに戻るクイズカテゴリ一覧このアプリについて
昭和回想574 / 4221 問目
昭和39年(1964年)の東京オリンピック開催に合わせて開業した東海道新幹線。その中で、当時の最速列車として「夢の超特急」と呼ばれ、多くの人々に親しまれた列車の名前は何だったでしょうか?
昭和39年(1964年)の東京オリンピック開催に合わせて開業した東海道新幹線。その中で、当時の最速列車として「夢の超特急」と呼ばれ、多くの人々に親しまれた列車の名前は何だったでしょうか?
ご家族・お友達に教える
関連トピック
- # 昭和
- # 新幹線
- # 交通
- # オリンピック
- # 高度経済成長
- # 旅
「昭和回想」の関連クイズ
もっと見る →- 昭和の多くの家庭で、洗濯物を干す際に活躍した道具があります。物干し竿をしっかりと支えるための、コの字型やL字型の道具で、物干し台や壁に取り付けられていましたが、何と呼ばれていたでしょうか?
- 昭和の時代、街角のあちこちによく見られた郵便ポストの色は、現在の主流の色とは異なり、主に何色だったでしょうか?
- 昭和の時代、小学校に通う子供たちが教科書やノートを入れて持ち歩くのに、ランドセル以外によく使われていた、丈夫な布製の肩掛けカバンを、何と呼んでいたでしょうか?
- 昭和の時代、子どもたちが小遣いを握りしめて駄菓子屋さんで夢中になったお菓子の一つに、「きなこ棒」がございます。串に刺さったきなこを固めたお菓子ですが、このきなこ棒の袋の中には、時に特別な「当たり」が入っていることがありました。それはどのようなものでしょうか?
- 昭和の家庭にテレビが普及し始めた頃、一家に一台のテレビは茶の間の主役でした。テレビ放送が終了すると、砂嵐の画面に切り替わる前に、あるお決まりの映像が流れていました。それは何だったでしょうか?
- 昭和の時代、国民的な人気を誇った長寿番組で、茶の間に笑いと感動を届けた「ザ・ドリフターズ」が出演していたバラエティ番組の名前は何だったでしょうか?毎週土曜の夜が楽しみでしたね。
- 昭和の商店街には、子どもたちにとって特別な場所がございました。小銭を握りしめて向かい、色とりどりの飴玉やスナック、小さな玩具が並んだ棚を前に、何を買おうか目を輝かせて選んだものです。そんな、子どもたちの夢がいっぱい詰まったお店は、何と呼ばれていたでしょうか?
- 昭和44年(1969年)10月から昭和60年(1985年)まで放送され、いかりや長介さんを座長に志村けんさんや加藤茶さんが活躍したお笑い番組は何でしょう?
「昭和回想」のクイズを 本格的に 挑戦してみませんか? 1 セット 10 問・約 5 分のチャレンジで、47 都道府県の御朱印も集められます。