ホームに戻るクイズカテゴリ一覧このアプリについて
昭和回想751 / 3772 問目
昭和39年(1964年)に、日本の経済成長を象徴するように開業した高速鉄道といえば、やはり「東海道新幹線」ですね。この新幹線が開業した際、東京と新大阪を結ぶ特急列車の愛称として名付けられたのは、次のうちどれだったでしょう?
昭和39年(1964年)に、日本の経済成長を象徴するように開業した高速鉄道といえば、やはり「東海道新幹線」ですね。この新幹線が開業した際、東京と新大阪を結ぶ特急列車の愛称として名付けられたのは、次のうちどれだったでしょう?
ご家族・お友達に教える
関連トピック
- # 昭和
- # 新幹線
- # 東海道新幹線
- # ひかり
- # こだま
- # 交通
- # 乗り物
- # 開業
「昭和回想」の関連クイズ
もっと見る →- 昭和の時代、近所の銭湯は地域の人々の憩いの場として賑わっていました。浴場に入る前に、料金を払い、下駄箱の鍵を受け取る場所を「番台」と呼びましたね。この番台は、どのような場所に設置されていることが多かったでしょうか。思い出の風景を心に描きながらお答えください。
- 昭和の子どもたちが、地面に置いて相手のものをひっくり返したり、はじき飛ばしたりして遊んだ、厚い紙で作られた遊び道具は何でしたか?
- 昭和39年(1964年)に東京で開催されたオリンピックは、日本の復興と成長を象徴する、歴史的な出来事でした。この開会式で、最終聖火ランナーとして国立競技場の階段を駆け上がった、当時19歳の若者はどなただったでしょうか?
- 昭和の子どもたちが、地面に描いた四角や丸の枠の中を、片足や両足で跳び進んでいく、屋外で人気の遊びは何と呼んだでしょうか?
- 「歌謡界の女王」と称された美空ひばりさんは、数々の名曲を世に送り出しました。彼女の大ヒット曲の中でも、特に力強いメッセージが心に響く、1964年(昭和39年)に発売された名曲といえば、次のうちどれだったでしょうか?
- 昭和の街中で、たくさんの人を乗せて、地面に敷かれた線路の上をゆっくりと走っていた乗り物は何でしょうか?「チンチン電車」とも呼ばれていましたね。
- 昭和30〜40年代、農村から都市に出て働く中学校卒業の若者が「○○の卵」と呼ばれていました。○○に入る言葉は?
- 昭和時代の子どもたちが、駄菓子屋さんでよく目にした「白い粉」を使った懐かしいお菓子は何でしょう?水に溶かしてジュースにしたり、そのまま舐めたりしましたね。
「昭和回想」のクイズを 本格的に 挑戦してみませんか? 1 セット 10 問・約 5 分のチャレンジで、47 都道府県の御朱印も集められます。