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第 8 地点 / 全 55 地点

平塚宿(第7宿)

・ 神奈川県 ・ 江戸時代

見どころ

平塚宿を通過しました。

この地について

平塚宿は、相模川にほど近い田園地帯に開けた宿場でした。背後には、おむすびのような姿から旅人の目印になったといわれる高麗山(こまやま)がやわらかに横たわり、歌川広重もこの山を浮世絵に描いたと伝えられます。周囲には広々とした田畑が広がり、のどかな里の風景がどこまでも続いていました。働く人びとの姿や実りゆく稲のさざめきに、旅の心もふとなごんだことでしょう。なだらかな山影を眺めながら、ゆったりと歩を進めてまいりましょう。平塚宿は、慶長6年(1601年)に徳川家康が東海道に宿駅・伝馬制度を定めたことで設けられた宿場です。文久3年(1863年)には、14代将軍徳川家茂が平塚宿の本陣で休息したと記録されています。平塚の地名の起こりについて、平塚市は、平安時代の857年に桓武天皇の孫の高見王の子・政子が東国へ向かう途中で病死し、その塚が長い間に平らになったことによる、と紹介しています。同じ慶長6年(1601年)には、神奈川宿や保土ケ谷宿も開かれています。

このコースについて:東海道五十三次

江戸日本橋から京都三条大橋まで、五十三の宿場をすべて巡る(江戸時代)

江戸時代、もっとも多くの人びとが行き交った大動脈・東海道。江戸の日本橋から京都の三条大橋まで、品川・小田原・浜松・宮(熱田)・桑名・草津と、五十三の宿場をひとつずつたどる約五百キロメートルの本格コースです。箱根の峠越えや大井川の川越し、宮から桑名への海上「七里の渡し」など、道中には数々の難所と名所が待ちかまえます。歌川広重の浮世絵でおなじみの宿場の風景を思い浮かべながら、自宅にいながらにして、東海道五十三次の旅をまるごとお楽しみください。

のろし回廊は、思い出クイズに正解しながら名所や街道を少しずつ進んでいく、ご自宅から楽しめる旅です。 地点ごとの見どころや歴史に触れながら、前後の地点へのリンクで順番にたどることも、気になる地点だけを読むこともできます。

コーススタートからの距離:63 km

緯度経度:35.3286, 139.3346